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□□□□氏 (当事者)(□□県中途失聴・難聴者協会□□□□) (開催後匿名を希望)


「私が望む文字通訳」


私と要約筆記との出会いを話します。
コミュニケーション手段として手話を覚えようと思いたち、30年前、手話会に通い始めたことがきっかけです。手話会に通ううちに、手話での会話も身について、楽しく交流を深めることができていました。しかし、年数が経つうちに、なぜかわからないけれど、手話会に行きたくない自分がいました。ろう者でもない、健聴者でもない、難聴の私は、中途半端な立場だなと思っていたのです。いつのまにか。
「話せるけど、聞こえない」「聞こえないけど、話せる」。手話会の健聴者とろう者との間で、自分の力では、乗り越えることのできない壁の中で、身動きがとれなくなっていたのです。手話会に自分の居場所がないと気づき、自然と足が遠のいていきました。
そんなときに手話会員が、「難聴者の集まりがあるから行ってみない」と誘ってくれました。そこには、話されている言葉が、スクリーンに、文字で映し出されていたのです。見た瞬間「あっ、これならわかる!」と叫んでいました。文字が私の目に飛び込んできて、そのスクリーンに私が求めていた文字があったのです。私の声を聞いたその人が、要約筆記サークルを立ち上げてくれました。それは、20年前のことです。

私は1対1の時のコミュニケーションはあまり困らないけれど、大勢の中にいる私は、そこで何が話されているのか、さっぱりわからないのです。一言でも書いてあれば「あ、こういう話なんだ」と予想がつきます。
私は皆と同じように「見たい・聞きたい・知りたい」の思いが強いのです。皆と一緒に笑いたい、その思いを小さい時から、あきらめてきました。
要約筆記サークルが出来た、「よっしゃ!聴きに行くぞ」と元気がでて、早速、有名人の講演を申し込みました。その後、主催者側に「要約筆記通訳をつけてください」とお願いに行きました。ところが「スクリーンがじゃまになります」「一般の人に迷惑がかかります」「講師の失礼になります」と、私の申し込み葉書きを返してきたのです。要約筆記付きで話が聞けると嬉しくて、ウキウキしていた私に、こんな現実があるなんてショックでした。
その足で要約筆記サークルの例会に行き、「通訳を断られたので諦める」と言ったとたん、涙が出て止まらなかったのです。私の希望が叶うと思っていたのが、ダメになって心が押しつぶされたような思いでした。その場の要約筆記者たちが「メソメソ泣いている暇があるなら、もう一回交渉に行こう、皆で応援するから」と言って、すぐに行動しました。県難協会長や地元の難聴者が駆けつけてくれ、さらに要約筆記者は「六法全書」を抱えて来てくれました。その交渉には、すごく時間がかかったけれど、主催者側に「難聴者は喋っているけれど、聞こえていない」ということを、やっとわかってもらえてOKが出ました。
その後も 申し込む、断られる、泣く、交渉する、これを何回繰り返したことか、思い出せないくらいです。いつもOKばかりではなかったのです。何度お願いに行っても、受け入れてもらえないこともありました。
私一人の「聞きたい」のために、いつも私が通訳をお願いしないといけない。また、私一人がお願いしているから、熱が出て体調が悪い時も、通訳者や主催者に申し訳ないので行かないといけない。こんなことが繰り返される度に、私のプレッシャーがどんどん重くなってきました。「なぜ、私が、こんな思いをしなければならないの。なぜ、こんな手間がかかるのか」と、疲れ果てて「聞きたい」という要望が薄れていったのです。
ある講演では、講師の方に「言葉の芸術を侵害される」と言われ、通訳を断られたこともありました。今、思うと全文通訳であれば、認めてもらえたのではないでしょうか。さらに一番前の隅のほうの席を聴覚障害者席として用意してくださっていました。配慮のつもりかもしれません。でも、私は100%の文字通訳をつけてもらえるのなら、一般の方と同じ料金を払って、自分の好きな席に座って、一緒に来た人の隣りに座りたいのです。
それでも今、振り返ってみると、情報は全てではなかったけれど、要約筆記付きで講演やミュージカルを聴いたことは、皆と一緒に笑えて、私の心を豊かにしてくれていたのです。
 こうしてコミュニケーション支援に支えられ、私の「見たい・知りたい・聞きたい」の可能性は着実に広がっていきました。

サークルが出来たのは平成4年です。手作りのテキストを作ったり、難聴者の体験を聞いてもらったり、短期間の要約筆記者養成講座を開きました。
 平成11年に厚生労働省のカリキュラムができ、地元で、それに準じた要約筆記奉仕員養成講座が始まりました。私は設立当時から、要約筆記サークルと関わってきていたので、難聴者を理解してもらうためには、難聴者が要約筆記者を育てなければと、メイン講師を担当してきたのです。最初のうちは受講生に聞こえないということが、人間にとってどういう意味を持つのかを知ってもらうだけでした。そのうち要約筆記の技術のほうにも関わるようになり、そのカリキュラム通りに受講生に「要約を」「同時性を」と指導してきました。 
1年半前「自分の要望とズレがある。何か違うなあ」と気づいたのです。その答えが見つからないまま、昨年は講師を辞退しました。その年4月に思いがけなく、ある担当の話があり、今、私でできることならと引き受けました。そのための難聴者会議など通訳を利用する機会が増え、養成講座と距離を置くようになってから、見えなかったものが少しずつ見えてきたのです。
10人の要約筆記者がいたら、その要約筆記者の主観が入り、それぞれ10通りの書き方になることに気づいたのです。その10通りのうちの、どれが正しい情報なのかわからない。そこにカリキュラムの内容と、私の思いとのズレがあったのだと、客観的に視ることができました。
最近は幸せなことにテレビでも、どの番組にも字幕があり、楽しめるようになりました。この字幕の影響もあって、私は養成講座で受講生に「要約文」を指導することに、疑問を感じ始めていたのです。
そんな時、地元の県難協と要約筆記者合同で「難聴者の声を聞く会」を開き、現場で感じる疑問や問題点を出すようになりました。そこで聞こえないということは、コミュニケーション障害だから、話を要約せずに100%欲しいとの声があがりました。要約するとは、話の内容を少なくしたり、表現の幅を縮めるので、難聴者の知る権利を奪うことになるのだと気づいたのです。

私は改めて、要約筆記の歴史を振り返ってみました。
1960年頃から、難聴者が自分らの思いを出し合い、力づけ合おうと少しずつ集まりだした時、黒板やノートに文字を書いて意見交流をしました。その後、OHPを使って、スクリーンに映し出す方法を見つけました。だけど、話す速さに書く速さが追いつかないのです。「せめて要点だけでも書いてほしい」の思いが強く、「要約筆記」と名付け、広げていきました。
 文字を書くのは時間がかかるので、できるだけ多くの情報を得るために、二人書きやパソコンを利用する方法など、話す速さと書く速さの、時間差を取り除く工夫が、重ねられてきました。
 パソコンの普及は、私たちの暮らしにも身近になり、話し言葉を書き言葉の文字に変える文字表記は、利用価値が高いものです。手書きでは1分間に80字しか書けません。しかしパソコンでは、「要約する」という手書きの枠をこえて、話の内容を今までの2倍以上も書けるようになりました。
 また栗田さんが考案された「IPtalk」のソフトは、パソコンの特質を活かした連携入力や前ロールの方法など、文字言語の特徴を引きだしてくれました。難聴者が求める、100%の情報保障の、
要求を達成する技術を開発され、目ざましい発展を遂げています。

100%文字で表わしてほしいのです。私には、話をそのままの形で表わしてください。形も量も。ありのままを書いてもらえたら、自分で読んで考えて、私が自分で要約します。だけど、まとめるにはたくさんの情報が必要なのです。要約した文では何も考えることもできないので、私が私でなくなります。
「聞きたい・知りたい・話したい」これが今の私のアイデンティティです。
これまでの「見たい・知りたい・聞きたい」の「見たい」が「話したい」に変わってきたのです。対話がしたい。コミュニケーションがしたい。自分自身で自分の考えをまとめたい。学びたい。成長したい。私が私でありたいのです。

 皆さんは、二つの耳から言葉が入り、脳に伝わり、そこで話をまとめ考えて、意見等を言えているのではないでしょうか。話のプロセスも、ニュアンスも、ハートも、悪口も、全部聞こえていますよね。私も聞こえるんですよ。悪口だけはなぜか。私たちは聞こえないから、その全てが伝わってこないのです。私は音声を伝える器官に障害がある感音性難聴です。3歳の時に聞こえなくなりましたが、文字で書いてあれば理解できるし、その言葉で考えることもできます。
では、難聴者の障害とは、一体何でしょうか。それはコミュニケーション障害なんですよね。音声言語は、発信者と受信者との間で交わされていますね。その音声言語が聞こえないというのが、バリアになっています。その間にあるバリアが、コミュニケーション障害なのです。
私たちは、目にみえない音声言語が、飛びかう社会の中で暮らしています。聞こえないことで家庭、職場などで、その場にいる人たちと、コミュニケーションができないので、孤独感を味わうことも少なくないのです。
難聴者の聞こえの程度は様々ですが、子供も高齢者でも文字は読めます。だから、文字で表わしてほしいのです。100%文字で表わすには、早口だとどんなにしても追いつきません。ゆっくり話してくだされば100%書いてもらえますね。音声言語を文字にかえる時の、時間差を認めるということで、社会のバリアがなくなります。社会的バリアを取り除くのは、社会的責任ではないでしょうか。
100%文字で表わすと、難聴者には、読めないだろうという声が多くあります。私は全文読みたいのです。全文が読める、読めないではなくて、その場の情報を全て出してもらう権利はあります。
スクリーンに表示する、文字数と行数を増やす方法を会議でやってみました。その時の表示は、
15文字の9行です。上の行を7行残すと、楽に読むことができたのです。今まで追いつかなくて、途中で投げ出していたメモが取れるということを、大発見しました。横長ではなくて、縦長のスクリーンが必要です。どなたか持っていらっしゃいませんか。探しています。なければ作って下されば嬉しいです。

2006年、国連で決まった障害者権利条約の批准に向けて、日本では国内法の整備が今、進められています。聴覚障害者にとっての完全参加とは、その場の音声情報を含めて、全ての情報を得ること。そうして初めて私たちは、その場に完全に参加できるのです。要約された「要約筆記」では、私たちはその場に完全参加できません。
私は、皆さんに提案します。「要約文」のみが、私たちの通訳であってはならないのです。聴覚障害者は、100%の文字通訳で全ての情報を得る権利があります。いつでも、どこでも、どんな時でも、100%の情報保障をください。参加保障をください。全文文字通訳によるコミュニケーション支援の確立を求めます。これは私たちの基本的人権です。

 以上で、私の提言を終わります。
今日、この場でお話できたこと、皆さんに聞いていただけたことに、感謝いたします。
ありがとうございました。